Topics|トピックス

2026.01.07

800万人が熱狂!フィリピン最大の宗教行事と意外なフィリピン就労者の精神性

あけましておめでとうございます。
日本では正月三が日と呼ばれる習慣がありますが、フィリピンでは2日から平常営業も珍しくありません。日本の企業で働くフィリピン人にとっては、年末年始の長期休暇が里帰りの機会となっているかもしれません。

マニラの年初の催しといえば、毎年1月9日のブラックナザレです。観光ガイドで必ず触れられる知名度の高い行事ですが、在比日本大使館からは安全対策情報として「人々が密集する地域には近づかないように」と毎年のように注意喚起が発令されます。過去には多数の怪我人や死者が報じられたこともありました。主催している教会側の発表ではありますが、2025年のお祭りにはなんと800万を超す信者が集まったそうです。今回はこの催しの背景に触れ、フィリピン人の意外な一面についても考察したいと思います。

 

ブラックナザレ像の歴史と奇跡

 

キアポ教会にあるキリスト像は片膝をついて十字架を担ぎ、正面を見据える姿として現わされています。この像は1606年にメキシコからガレオン船に載せられて伝わったとされます。素材の木そのものが黒いのだとも、航海中の火事で焼け焦げたためとも言われていますが、確かにそのお顔はかなり黒く見えます。

1787年にもともと安置されていたイントラムロスからキアポ教会に移されたことが、トラスラシオン(運搬)と呼ばれる現在に続く像引き回しの起源とされています。教会は1791年の大火で焼け落ちますが、ブラックナザレ像は焼け残ります。1861年の地震でも教会は壊滅しましたが、像は難を逃れました。さらに1933年に再建されたキアポ教会は第二次世界大戦の戦火を免れるなど、数々の災難を乗り越えてきたことから奇跡の像として人々の信仰を集めるようなりました。

毎週金曜日はキアポデイと呼ばれるほど、キアポ教会のミサに参列する信者が多くみられます。入り口から正面に設けられた通路を、跪いてにじり寄りながる祈る信者も多く見られます。膝小僧をすりむいて血を流すものもいます。教会内に入りきれない人たちのために巨大なLEDモニターが設けられ、混乱を避けるための警備員や警察犬たちが徘徊しています。教会内でのスマホの使用は禁じられ、写真撮影もできません。

 

奇跡の像に群がる命がけの信者たち

 

引き回しは朝早くから始まります。行程をルネタからキアポまでのルートに変更したことで、より多くの信者がこの行事に参加できるようになりました。信者たちで埋め尽くされた近辺の道路はほぼ通行不可能となり、そのため2024年にはボンボンマルコス大統領がマニラ市の祝日に指定しました。

山車に特徴的な栗色と黄色で彩られたユニフォームを着て乗り込んでいる男性たちは、公式に選任された守護組織団員です。投げられた手ぬぐいを受取り像を拭い、投げられた方向へ投げ返すことを繰り返しています。霊力を移し持つと信じられる手ぬぐいは、手渡しによって投げた持ち主の手元に必ず戻されるといいます。山車に近づくことは禁じられているそうですが、映像を見る限り守られているとは到底思えません。人が人の上に乗り、少しでも山車に近づいて像の一部である十字架に触れようと、押し合いへし合いしている様子から、屈強な若者でなければとても務まらないことがわかります。さらに前触れもなくロープで曳かれている山車が動くこともあり、立錐の余地もない群衆の中にいるだけでも極めて危険です。人々は相当の覚悟で臨んでいるように見えます。

家族を病んだものや不幸な境遇に置かれたものが、奇跡を信じて大きな人の群れを作っています。

 

フィリピン・モロ戦士対策で発明された拳銃とアモック

 

ここから少し話が横道に外れます。フィリピンにはコルト45というビールがあります。もとはアメリカの銘柄ですが、ライバルサンミゲル社のレッドホースに対抗するために、アジアンブリュワリーが投入したアルコール度7%の安価に酔うためのビールです。フィリピン人たちがその名の由来を知らずに、愉快に酩酊しているのは皮肉なことです。1898年に宗主国スペインからアメリカに割譲されたフィリピンでは、植民政策に抵抗する米比戦争が起こります。特にモロと呼ばれるミンダナオ島のムスリムは米軍に激しく抵抗し続けました。モロ戦士たちは何発銃撃を受けてもひるむことなく戦いを挑んでくることから、これに対処するために一撃必殺を期して大口径で殺傷力の高いコルト45が発明されたのです。当時の勇猛果敢なモロ戦士達の精神状態は「アモック」とよばれています。「アモック」とはフィリピン人が、面前で酷い侮辱を受けた時、あるいは敵との交戦中など極度に精神的に追い詰められた結果として、半狂乱状態に陥り逆上して暴れまわることを指すマレー語由来の言葉です。18世紀に太平洋を横断したイギリスの探検家ジェームズ・クックの著述にも記されているそうです。

 

フィリピンで時々報じられる陰惨な暴力事件は蔓延する薬物の濫用も示唆されますが、筆者はアモックの現代的発露なのではないか、と考える時があります。そしてブラックナザレの熱狂の中に、全ての参加者ではないにしてもアモックの集団的な現前をみる思いがするのです。

 

まとめ

 

性格は温厚にして明朗、協調性を重んじ、相手を前にネガティブなことを言うことすら躊躇うフィリピン人就労者は、日本のどんな職場にもうまく適応して成果を上げていけると思います。一方でプライドが高く、人前で𠮟責されることは極端に苦手であることには注意が必要です。

ブラックナザレには普段のおつきあいでは決して目にすることのない、フィリピン人の激しい一面が垣間見られます。人間はそもそも多面的なものですが、彼らの国民的精神性にこうした激烈さもあることを心のどこかに留め置いておくことは、職場を共にする仲間をより深く理解しようとする上で有益だと思います。

 

執筆者 上村康成 From TDGI東京オフィス