Topics|トピックス

2025.09.04

歴史と職種から見るフィリピン人海外就労者

 

フィリピン海外労働者の歴史と現状

 

国民の10人に1人が海外で暮らしていると言われるほど、フィリピンは人材輸出大国として有名です。増え続ける人口に見合った就職口が国内にないという現実の突破口として、彼らは世界中どんな所へも就労の機会を求め、異文化に溶け込んでいきます。彼らは海外に夢を求め、その地に根を生やし、やがては子孫を繁栄させていくことにも躊躇いがないように見えます。

フィリピン人がこうした国民性を持つに至った背景と、公式統計から見える現在のフィリピン海外就労の状況について調べてみました。

 

海外就労のあけぼの

 

フィリピン人の海外就労の歴史は、フィリピンがスペイン統治下にあった16‐19世紀にまで遡ります。植民地の過酷な運命が原因ではありますが、フィリピン人たちはすでに海外に生活の場を見出していました。太平洋を横断してマニラとメキシコを結んでいたガレオン貿易では、生活に困窮した農夫や浮浪児たちが水夫として乗り組み、母国へ戻らずに中米に定住したものもいました。アメリカ統治時代の20世紀初頭にかけては、ハワイの大規模サトウキビ農園やアラスカのサーモン缶詰工場、さらにカリフォルニアの農場などの厳しい労働条件の中を生き抜き、そこを第二の祖国として選んだ者たちがいました。

戦後の1950年代には、アメリカへの看護師の大量移民が始まりました。この時には長期就労だけではなく、家族の帯同も許可されたため、やがて米国に帰化するフィリピン人も多くなり、彼らは米国民の健康管理に多大な貢献をすることになりました。

フィリピンにおける植民地政策や外国語教育は、歴史の負の側面でありながら、現在のフィリピン人のグローバルな就労観に少なからず影響を与えていると言えそうです。

 

歴史的変遷

 

人口増加に経済発展が追いつかない1970年代、フェルディナンド・マルコス・シニア政権は主に建設や掘削の作業員を中心とした、中東への大規模な出稼ぎ就労政策を推し進めます。石油需要で沸く中東諸国のインフラ整備などに、フィリピン人労働者たちが働き口を求め、その数は1980年代半ばには38万人にも及んだと言われます。当初はほぼ男性にかぎられていましたが、やがて介護や住み込み家政婦として職を得た女性達が大量に渡航するようになりました。非道な雇用主による劣悪な扱いや、性暴力被害の犠牲となる深刻な事例が報じられるようになり、政府は彼らを守る政策を立案していかざるを得なくなります。1980年代に入ると、日本も他人事ではなくなります。フィリピン人エンターテイナーの時代到来です。香港やシンガポールでフィリピン人家政婦たちが大量に雇用されるようになる一方、歌舞音曲に優れたフィリピン人たちが最初はバンドマンとして重用されるようになります。やがて女性たちが名義上の歌手・ダンサー、しかし実際は接待を主業務とするホステスとして大量に来日するようになり、日本全国どんな僻地の歓楽街にもフィリピンパブがあるという状況になったのでした。やがて2000年代に入ると、優れた看護教育水準と英語能力を武器に、医療・看護・介護に関わる人材が北米を中心に台頭するようになっていき、現在に至ります。

 

海外就労の職種別分布

 

次に現在の海外就労状況を、最新データからみてみましょう。
フィリピン国家統計局(PSA)によって2024年9月に発表された、2023年通年の統計をもとにしています。海外就労者の総数は約216万人(前年比9.8%増)で、そのうち55.6%が女性です。もっとも多い年齢層は男性が45歳以上で29.2%なのに対し、女性はやや若く25‐44歳が41.1%を占めます。

 

業種別にみると、全体では実に4人に1人、女性に絞れば3人に2人が単純労働職に従事していることになります。PSAによる単純労働職の定義は「住宅・厨房・ホテル・事務所などの清掃、備品補充、基本メンテナンス、車・窓の洗浄、調理手伝い、商品配達、荷物の取り扱いなど」と多岐に亘っています。中東や香港・シンガポールにおける家庭内労働者はこの中に含まれます。これはフィリピン人の特性として彼らの得意分野であるとみることもできますが、同時にとりわけ地方出身者に未熟練労働者の余剰が大量にあり、海外就労がその受け皿として機能しているのではないかと見ることもできます。

(出展 PHILIPPINE STATISTICS AUTHORITY

 

業種人数割合
専門職

22,313

6%

技術職・準専門職

10,217

3%

サービス・販売職

116,992

31%

単純労働職(主に介護・家事手伝い)

175,314

46%

職人

30,378

8%

製造業・機械操作・組立て

11,912

3%

事務職

5,226

1%

管理職

2,619

1%

農林水産業の熟練労働者

3,005

1%

その他

468

0%

合計

378,444

 

 

上の図は2024年に新たに海外で雇用された労働者の人数をまとめたものです。依然として単純労働の割合が半分近くを占め、サービス・販売業がそれに続きます。最近の変化として顕著なのは、全体に占める割合はまだそれほど大きくないものの、看護師やIT技術者が含まれる専門職の増加が見られることです。直近の2025年1月の前年同月比で26%増となっています。

フィリピン政府機関である移住労働者省が発表している2024年の暫定データをもとに作成しました。

(出展 Republic of the Philippines Department of Migrant Workers

日本でのフィリピン人就労者の詳しいデータと考察については、こちらをご覧ください。

 

外国人人材お役立ち情報 日本にいる在留外国人数と特定技能労働者数(2024年6月末)リンク

 

まとめ

 

フィリピン人労働者の特性について、改めて考えてみます。フィリピン人の英語力を見れば明らかなように、彼らは外国語習得に優れ、異文化を持つ外国人とも良好なコミュニケーションができる順応性があります。単純作業ならもちろん、英語圏であれば接客分野でも即戦力となります。協調性を重んじチームで行動することを好む国民性は、異なる文化圏に溶け込むことを容易にしています。また家族を何より大切にする献身の姿勢は、介護や育児の現場で優れた能力を発揮します。彼らにとって有利なのは、国際的にフィリピンペソの通貨価値が低いため、海外で稼いだ収入はフィリピン国内では過大な価値となることです。必ずしも安い労働力を武器にしているわけではないにしても、国内で同様の労働に従事した場合と比較すると、短期間に数倍の対価を得られることになります。さらにフィリピン政府が国を挙げて職業訓練を行っていることも見逃せません。TESDA(技術教育技能開発庁)が海外で通用する技能資格を持った熟練労働者を育成しています。
もちろん課題もあります。残してきた家族を思うあまりホームシックになったり、協調を重んじ控えめでいたが故に理不尽な雇用主につけ入られたり、教育レベルの差から個人としての実力を発揮することができないこともあります。そして海外就労は就労国の政策変更に大きく影響を受けるため、紛争に巻き込まれるようなことになれば命に危険が及ぶこともあり、不安定な立場の在外フィリピン人たちもいます。
働き手としての彼らをよく理解した上で、活躍の場を提供することが出来れば、労使双方にとって良い結果が得られるはずです。彼らが働き口を必要としている一方で、日本の労働現場は彼らを必要としています。このマッチングには双方に明るい未来があると信じています。

執筆者 上村康成 From TDGI東京オフィス